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「専門診療への受診と家族・医療・学校との連携から自己管理に繋げた食物アレルギー事例」

最終更新日:令和8年3月18日 | 公開日:令和7年3月28日

幼少期からの食物アレルギーと治療経過

私は現在19歳の男性で、幼い頃から食物アレルギーと向き合ってきました。最初の症状は生後まもなく現れ、口の周りや関節の内側に湿疹ができ、じゅくじゅくとした状態が約1年間続いていたそうです。6か月のときに初めてパンを食べてじんましんが出て、小児科で小麦・卵・乳のアレルギーと診断されました。3歳になると近所の小児科で免疫療法を受け始め、小麦は比較的早く解除されました。しかし、続いて牛乳を少量から試した際、アナフィラキシーを起こしてしまい、一時的に治療を中断することになりました。その後、母が食物アレルギーに関する講演会に参加したことをきっかけに、4歳の頃に食物アレルギー診療の専門医療機関を受診し、専門的な治療に切り替えました。経口免疫療法は、非常に高いリスクと困難を伴うため、食物アレルギー診療を熟知し、免疫療法の知識と経験が豊富な専門医療機関で慎重に行うことが求められていて現在も標準的な治療法として確立していません。私の場合も当時は卵と牛乳については時間をかけて治療を続け、小学校を卒業する頃にはほとんど解除されました。ただ、生卵や半熟卵に関しては反応が出る可能性があるため、現在も注意が必要です。
 

同じ病気を持つ仲間との出会いが支えになった入院生活

また、食物以外にもスギとダニのアレルギーがあり、小学校4年生の時、免疫療法を行いました。当時、舌下免疫療法は12歳以上対象だったので、4週間入院して注射による皮下免疫療法を受け、その後は舌下免疫療法へ移行しました。入院中は体調や治療による反応を細かくチェックされる日々でしたが、その期間が私にとって大切な経験になりました。同じ病棟には、私と同じように食物アレルギーや喘息など慢性的な病気に向き合う子どもたちが多く、自然と同い年くらいの子と仲良くなりました。自分にとっては当たり前だった「食べられないものがある生活」や、給食の不安、外食での緊張感などを共有できたのは初めてで、互いの大変さを分かち合えたことは大きな励みになりました。治療がつらい日も、その友人と病室で小さなゲームをしたり、病院内の学校で話したりして気持ちを切り替えることができました。その時間があったからこそ、4週間という長い入院生活を最後まで前向きに過ごすことができたのだと思います。

給食と外食に感じた不安と寂しさ

学校生活で特につらかったのは給食です。自分だけ別メニューになることが多く、周りの友達と同じものを食べられないことに寂しさを感じていました。修学旅行や遠足などの行事でも、万が一症状が出た場合を考えると不安が大きく、家族や先生が事前に調整してくれている姿を見て、申し訳ない気持ちになることもありました。また、友人の家に遊びに行くときや外食の際には、「これを食べても大丈夫か」を常に確認する必要があり、気をつかう場面が多くありました。そのため、誘われても遠慮してしまうこともありました。現在でも半熟卵が食べられないため、外食で選べるメニューが限られる場面があります。

支え合いの中で学んだ向き合い方

これまでの経験を通して強く感じているのは、「一人で抱え込まないこと」と「医師の指示を守り、無理をせず進めること」の大切さです。治療には時間がかかりますが、続けていけば必ず前に進めます。焦らず、少しずつできることを増やしていけば良いのだと実感しています。そして、家族や学校の先生、医師や看護師の方々に支えられたことで、私は大きな安心感を得ることができました。周囲の理解や協力があるだけで、不安は大きく減ります。食物アレルギーで悩んでいる方には、「頼れる人は必ずいる」ということを伝えたいです。これからも必要に応じて医療機関を受診しながら、自分の体と向き合い、より良い生活を目指していきたいと思います。

保護者からのコメント

食べられないものがあってもあまり気にしない子どもだと思っていたのですが、みんなと同じものが食べられない寂しさはやはり感じていたようです。大学生になった現在は自分でメニューを確認して食べられるものを選ぶことができるようになりました。小さいころからお菓子などパッケージの食品表示を見る習慣をつけたり、外食時のアレルゲンの確認の仕方を一緒に行うことが自立への第一歩になりました。食物アレルギーの治療は長く、親子にとって本当に苦しい時期もありました。でも自分で食事を管理できるようになる時が絶対来る!と信じて前向きに取り組んできてよかったと思います。

医師からのワンポイントメッセージ

子どもから成人への「移行期」を、上手に自己管理の確立へと繋げた好事例です。乳幼児期のアナフィラキシー経験後、専門医療機関での経口免疫療法で頑張ったことが、現在の安定した状態の礎となっているのでしょう。特筆すべきは保護者が幼少期からお菓子のパッケージ確認などを習慣化させた点だと思います。こうした計画的な取り組みにより、単に「親に守られる」段階から、自らリスクを回避する「自立」へのスムーズな移行が可能となったのでしょう。また、小学校高学年での入院経験は、同じ悩みを持つ仲間との交流を通じて病気と向き合う心理的レジリエンス(適応力)を高める重要な契機となったと考えます。移行期の最終段階を迎え、自ら医療や社会と連携する力が試される時期です。本人が「一人で抱え込まない」ことの大切さを実感し、自身の限界を正しく理解して行動できている点は、成熟した自己管理の証と言えます。今後も周囲の理解を得ながら、高いQOL(生活の質)を維持していくことを期待します。


(昭和医科大学医学部小児科学講座 教授 / 昭和医科大学病院 小児医療センター長 今井 孝成 先生より)


このページは東京都 健康安全研究センター 企画調整部 健康危機管理情報課 環境情報担当が管理しています。

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